大阪社会運動顕彰塔

大阪社会運動顕彰塔の意義および歴史

社会運動顕彰塔は、大阪城公園内の一角に位置し、戦前戦後の社会・労働運動に功績のあった方々を顕彰しています。 戦前は民衆の社会・労働運動に対して,時の権力が弾圧で臨み,そのため多くの先覚者が無産階級解放のため,窮乏に耐え命を賭して、その生涯をささげてきました。 大阪社会運動顕彰塔は、真の歴史を創造した労働者や農民が幾世紀にわたり、支配権力の圧政に抗して生活と権利を守り闘い続けた歴史の塔です。

大阪社会運動顕彰塔

その歴史

1956年9月24日,大阪地方メーデー実行委員会が森ノ宮の大阪市立労働会館で開催した「戦後労働運動物故者追悼祭」を端緒とし、1966年、全大阪の労働者、農民、民主団体、有識者有志の協力、拠金によって、大阪社会運動顕彰塔の建設が始められ、1970年10月に竣工。さらに1992年、連合大阪や労働福祉事業団体が資金を分担して改修工事が行われました。

設計と構造

顕彰塔は、彫刻家で舞台装置なども製作した、浅野孟府(1900-1984 日本プロレタリア美術家同盟)の設計。 大阪市電の敷石(大阪を表現)の基盤の上に、理想を象徴する15m四方の上屋を、大衆の腕を表す4つの柱によって支える構造になっており、 顕彰塔の内部には、社会運動、労働運動に功績のあった物故者の芳名板が掲げられています。

社会運動物故者顕彰追悼式

社会運動物故者顕彰追悼式

顕彰塔が完成して以来、毎年10月15日に「社会運動物故者合祀祭」が行われてきました。1992年からは、その名称を「社会運動物故者顕彰追悼式」に改め、 毎年、新たな顕彰者名を記した芳名板を顕彰塔内部に掲げ、2015年10月15日現在、1703名の方々が顕彰されています。(写真は2011年10月15日)

社会運動物故者顕彰追悼式

2014年まで顕彰塔前広場で開催していた式典を、2015年からは屋内での開催に変更しました。これによって悪天候の場合も開催可能となります。 社会運動物故者顕彰追悼式2015

『大阪社会運動顕彰塔顕彰者事跡録 増補改訂版』

顕彰者には、著名な社会活動家・労働運動家も含まれますが、大半の方々は「無名の戦士」です。これらの歴史に名を残すことのない人々の「事跡」を記録し、後世に伝えていくことが「大阪社会運動顕彰塔」の保全・運営とともに重要と考え、2007年に『大阪社会運動顕彰塔顕彰者事跡録』を刊行しました。その後新たに寄せられた情報を加え、2011年10月『大阪社会運動顕彰塔顕彰者事跡録』増補改訂版を上梓しました。

社会運動物故者顕彰事跡録

作成には「関西女の労働問題研究会」より資金の提供を受けましたが、大幅な赤字状態です。ぜひお買い上げによるご支援・ご協力をお願い申し上げます。 (頒布価格一冊1,000円)

管理・運営

大阪社会運動顕彰塔の管理は公益財団法人大阪社会運動協会が行っています。

アクセス

JR環状線、大阪城公園駅下車。
歩道橋を渡って大阪城公園に入り、南へ徒歩すぐ。
大阪城公園案内図